シンガポールの議会メンバーで雇用やキャリア問題に関して提言を続けているPatrick Tay氏は私達のキャリアについて「パイ・アプローチ」を推奨しています。パイとは円周率のπの文字です。1本ではなく、2本の基礎によって成り立っていることを示しています。
1つではなく、2つのキャリアを持とうという考え方です。
仕事をしようとする時に、自分が夢見ていた職業に就き、それに100%の情熱を感じているという場合は、まさに天職といえるわけで、2つめのキャリアを考える必要も時間もないかもしれません。
しかし、多くの人にとって、仕事に就く時に、それが自分の夢や情熱とは違う種類の職種である事が一般的でしょう。自分が心から興味があり夢中になれる対象と、現実世界で具体的なスキルを身に着けお金を得ていく対象が、異なるケースが多いのです。
- 絵を描くことが好きで画家になりたい。けれども生活していく事は難しいだろうから、教師の職に就いた。
- 小説を書くことが好きで作家としてデビューしたくて賞に応募したけれど落選ばかり。このままでは食べていけないから大学を卒業したら地元の銀行に就職する。
このようなケースは、自分の情熱の対象が、現実世界で仕事に結び付かず、別の職種を生業として持つわけです。
夢破れて・・・と思いがちですが、Patrick Tay氏によれば、現実世界でスキルを身に着ける仕事と、自分の情熱や興味を傾ける対象は異なってよい、むしろ異なった方がよいと考えます。
1つはメインスキル、もう1つは自分の情熱の対象であるサプリメント・スキル(補助的スキル)とするのです。
方向性や内容が異なるスキルやキャリアが併存してよいという考え方がパイ・アプローチです。
メインスキルとして教師や銀行員等給料を得る仕事をしていきます。同時に、自分の興味や情熱の対象についても学び続け、練習し続けて、サプリメント・スキルを開拓し続けます。
メインとサプリメントは一見関係ないように見えますが、実は相互に影響し合うこともあります。異なる分野に興味を持つことで脳は刺激を受け、創造性が高まります。メインスキルの仕事が苦しい状況でも、サプリメント・スキルの方で進歩があれば、ストレスフルな状況を耐えることができます。
上記の例でいえば・・・
- 絵を描くことが好きで画家になりたい。けれども生活していく事は難しいだろうから、教師の職に就いた。
⇒絵が好きだから専業の画家になれないとしても趣味で絵は描き続ける。教師になってから生徒に図解で説明する時に、絵の才能は大変役立っている。試験の採点をする時に、「よくできました」という花丸を描くだけでなく、ニコニコ顔や、点数が下がった生徒には心配な顔のイラストを描いて返すようにしている。生徒達は喜んでくれて、彼らとのコミュニケーションが深まった気がする。それに美術部の顧問になって、生徒達に自分の絵の技術を教える事も楽しい。
- 小説を書くことが好きで賞に応募したけれど落選ばかり。このままでは食べていけないから大学を卒業したら地元の銀行に就職する。
⇒銀行の仕事は覚えることがたくさんあって、今はとても忙しい。でも、職場の人間関係やお客様の企業など、小説に書いたら面白そうなネタがたくさんある。今は作家になれないにしても、将来小説のネタになりそうな材料はメモしておこう。銀行の業界で働くうちに、銀行を舞台にしたリアルな小説が書けるかもしれない。プロの作家になれないとしても、同人誌やブログで自分の小説を発表してみたいと考えるようになった。
このように、メインスキルとサプリメント・スキルが相互に影響し合い、面白いインパクトが生まれるかもしれません。夢や情熱は絵空事、就職したら諦めないといけない・・・というわけでも必ずしもないのです。むしろ、メインスキルを一生懸命深めながら、サプリメント・スキルも諦めない、平行して続けられる方法を探す方が、長期の視点でみればトータルのキャリア・ライフに好インパクトを生み出す可能性があるのです。
就職したから、食べていけないから、夢みたいな事だから、という理由で諦めた、自分の大好きな対象があるのなら、サプリメント・スキルとして培っていけないか考えてみませんか。