ポジティブ心理学の第一人者であるペンシルバニア大学のマーティン・セリグマン教授と、職場でのウェル・ビーイングな働き方を研究しているBetterUpLabのガブリエラ・ローゼン・ケラーマン博士が共著で2023年1月に出版した本『Tomorrow Mind: Thrive at Work with Resilience, Creativity and Connection』。訳すと「トゥモローマインド:レジリエンス、クリエイティビティ、コネクションで仕事を通じて充実して生きる」ということになります。
Tomorrowmindを構築する5つの要素PRISMのうち、最も重要な要素はR:Resilinecレジリエンスです。レジリエンスは後天的に、練習によって身に付けることが可能です。そのための6番目の練習方法はセルフ・コンパッションを養う事です。
Self Compassion セルフ・コンパッションは、自分に優しくする事ですが、ただ自分を甘やかす事ではありません。この本ではセルフ・コンパッションを「Ability to extend to our compassion for our own suffering and failure」(自分の辛さや失敗にも自分の共感を行き届かせる能力)としています。
私達が他の人が失敗をしたり、辛い境遇にあったり、欠点がある場合、「挽回できるよ」「大丈夫だよ」「完璧でなくてもオーケーだよ」と慰め、励ますと思います。「ダメな人ね」「ひどい目にあっても当然よ」「いいところがないね」などと、相手を批判したり、攻撃したりはしませんよね。
でも、自分自身に対しては、かなりひどい批判や攻撃を平気でしている場合が多いのです。「一度失敗したから無能だ」「美人でないから誰からも好かれないよ」「人前で意見が言えないなんて社会人として終わってる」そんな風に、自分を責めて、手ひどく攻撃する事があります。特に日本人は自己謙遜、自己卑下の度合いが欧米人に比べ強い傾向にあります。
適度な自己批判や自分の言動を顧みる事は進歩や改善のために大切ですが、やりすぎは自分の心を傷つけ、自信や気力の喪失に繋がります。
失敗した時や、不幸・不運に遭遇した時、自分を責めるのではなく、もし、これが友人や同僚、あるいは家族に起きたとしたら何と声をかけるだろう?と想像してみて下さい。そして他の人にかけるだろう言葉を、自分自身に与えて下さい。
例えば、Aさんは仕事でミスをして上司に叱責され、チームにも迷惑をかけてしまったとします。
Aさんは自己嫌悪に陥り、自分を責め、こんな初歩的なミスをしてしまった自分が情けなくて仕方がありません。自分のような人間はチームにふさわしくないといたたまれない気持ちで、職場に行くのも嫌になっています。
そこで、もしミスをした社員が同僚のBさんだったら、何と声をかけるか想像してみましょう。Bさんに「こんな初歩的なミスをして最低ね」「あなたはこのチームにふさわしくないわよ」「能力がないわね」と言いますか?言いませんよね。
きっと次のようにBさんに話すのではないでしょうか?
- ミスをした事はもう仕方ない。次にどうやってミスをしないようにするかが大事だよ。
- 人間だから誰でも一度や二度のミスはあるよ。同じミスを繰り返さない事が大切だよ。
- 嘆いていても何も解決にならないから、なぜ今回のミスが起きたのか、それを検証してみようよ。ミスの原因がわかれば、それを直していけばいいよ。
- 上司が叱るのも当然だから、その事をあまり気にしない方がいいよ。むしろ、ミスを挽回して上司に認めてもらうための方法を考えよう。
ミスをした事は事実であり、それにより仕事仲間に迷惑をかけた事も事実です。しかし、それで自分をいくら責めて、落ち込んだとしても、過去をやり直せるわけではありません。むしろ、自己嫌悪になりすぎて、やる気を失ったり、集中できずに再びミスをしてしまう事の方が怖いです。
もしミスをしたのがBさんだったらこう声をかけるだろうという言葉を、自分にかけましょう。その中に、次にどうしたらよいのかという行動のヒントが含まれています。
- 今回のミスがなぜ起きたのか、プロセスを検証する。
- ミスの原因がわかったら、その原因を取り除くためにプロセスを改善する。
- 同じミスは二度と繰り返さない。
この3つの行動をAさんは取ることができるはずです。
セルフ・コンパッションは、自分の失敗や欠点をなかったことにする事ではありません。セルフ・コンパッションを抱くことにより、「どうしたらよいのか?」という解決策へ頭と心を向けていく方法なのです。
※Martin Seligman, Gabriella Rosen Kellerman『TomorrowMind: Thrive at Work with Resilience, Creativity and Connection』を参考にしています。