イギリスのブリストル大学の教授ブルース・フッド氏(Bruce Hood)が出版した『The Science of Happiness: Seven Lessons for Living Well 』には、人はどうしたら幸せだと感じられるか?について様々なアドバイスが書かれています。イギリス版ウェル・ビーイングのヒントと言えるでしょう。ポジティブ心理学や発達心理学と重なる部分も多いのです。
フッド氏の本の中から、私達の毎日の生活の中で実践しやすい「幸せだと感じる方法」を紹介していきましょう。
「ヘドニック・トレッドミル(hedonic treadmill)」という心理学用語があります。ヘドニックは快楽、トレッドミルはランニングマシーンのことです。快楽を追い求めているうちに、その快楽に慣れてしまうと満足できなくなり、異なる快楽を探すようになり、その快楽にもやがて慣れて、飽きてしまう心理のことです。「快楽順応」と訳される事が多いです。
希望通りの仕事に就けた時、自分はとてもラッキーだ、この機会を得られたことに感謝したいと、幸福感で一杯になります。しかし3カ月過ぎ、1年過ぎていくうちに、就職できた当初の喜びは消え、仕事の嫌な点ばかりに目がいくようになり、職場の批判ばかりするようになる場合があります。
あるいは環境のよい新しい家に引っ越すことができて、幸福を感じ、当初は家の中をきれいに掃除し、花を飾り、機嫌よく過ごしていましたが、時間が経つと、新しい家も当たり前になり、もう少し日当たりがよければいいな、駅からもう少し近い方がよかったなどと、満足できない点に注意が向かうようになる場合があります。
どちらのケースも最初は幸福感を感じるのですが、時間の経過と共に、幸福感が薄れてきます。そして、新しい職場や新しい家に目がいく傾向にあります。また新しい何かを手に入れれば幸福感を味わえる気がするわけです。
人間にはよい事にも悪い事にも慣れていくという耐性、適合性があるので、希望通りの仕事や家を手に入れても、それが「当たり前」になると、幸福感が消えていきます。
人間の脳の仕組みがそうなっているので仕方ないとも言えますが、幸福感を長続きさせる、あるいは幸福感を甦らせるために「セイバリング:savoring」という方法があります。
幸福を感じる時間を確保して、その時間はその対象に集中し、幸福感をじっくり味わうことです。言うなれば、「幸福な時間」を長く引き伸ばして、深掘りするのです。
例えばコーヒーが好きならば、インスタントコーヒーをいつものマグカップに注いでテレビを見ながら飲むのではなく、丁寧にドリップコーヒーを淹れて、お気に入りのコーヒーカップを選び、窓の近くのテーブルでゆっくりコーヒーを楽しみながら味わう。コーヒーの苦み、香り、温かさを十分に味わい尽くします。これがコーヒーを媒体としたセイバリングです。丁寧に、時間をかけて、集中する事が大事です。
あるいは希望どおりの仕事に就けて幸せを感じていたのに最近は仕事の嫌な面ばかりに目がいきやる気がでない場合、自分がなぜこの仕事を希望していたのかを思い出してみましょう。そして紙にその理由を列記してみましょう。そして自分がこの仕事を選んだ理由、この仕事を好きだと考えた理由を思い出してみましょう。この仕事に就けた時の喜びの感情を思い起こしてみましょう。思い起こすことにじっくり時間をかけてみましょう。就職できた当初と同じ幸福感は無理としても、自分がこの仕事を希望していた過去の感情や、希望通りの仕事に就いているのだという確認ができるようになります。すると改めて、今の仕事の有難さ、自分がこの仕事に就けたことへの感謝の気持ちが湧いてくると思います。
このように、じっくり時間を取って、自分の周り、あるいは自分自身にある、幸福感を感じる物事を見つめ直し、味わってみましょう。
常に新しい幸福の対象を追い求めて続けなくても、今の自分にある幸福の対象もとてもありがたいものなのだと再確認できるようになり、同じ対象であっても幸福感を復活させることも可能になります。
毎日の暮らしの中にセイバリングの時間を設けて、幸福感を味わう、確認する経験を持っていきましょう。
セイバリングには様々な方法があります。「ポジティブ・インターベンション⑦ セイバリングでポジティブな感情を増やせます」でもセイバリングの方法を紹介していますので参考にしてみて下さい。
※Bruce Hood著『The Science of Happiness: Seven Lessons for Living Well 』を参考にしています。